青龍寺について

私たちの菩提寺ー青龍寺

安土桃山時代、かの魔王織田信長が天下布武を唱え次々に領地を拡大していた頃、今の大阪府箕面市下止々呂美城という山城があり、塩山隠岐守平衛門という豪族が治めておりました。 天正六年信長の家臣荒木村重が反乱を起こすと、平衛門も村重方に加勢することとなります。
反乱鎮圧のため、信長の嫡男信忠の軍勢が止々呂美城に攻め寄せてくることになりました。このとき、平衛門は家臣と領民の安全と引き替えに降伏し、無血開城することに成功します。こうして平衛門の嫡男は信忠の家臣の養子となり、自身は出家して僧侶となり、宗湛と号して世俗を離れることとなりました。 その時、止々呂美城の向かいの山に、言い伝えのある蔦でできた質素な門がありました。人々はその門を「登龍門」と呼び、その昔、前面の川から神鯉が坂を駆け上がり、門をくぐり龍となって天に登っていった。という言い伝えがありました。 宗湛和尚は、城が見えるこの山に庵を建てられ、池田城主の菩提寺、大廣寺八世明仙慶暾様を迎え、青龍寺山蔵雲庵というお寺を開かれました。その後蔵雲山青龍寺となり、現在の住職で二十一代を数えるに至っております。 件の登龍門は、現在の青龍寺山門として伝承されています。 余談ではありますが、かの太閤秀吉がまだ羽柴の時代に、この摂丹街道を通りかかった際「登龍門」の話を聞き、門をくぐり青龍寺に祈願し、その後の大出世につながったと伝わっております。 現在でも「出世第一の門、龍の棲む寺」として、隠れたパワースポットとしても参詣者が多く訪れています。

宗名 禅宗(曹洞宗)
伝統 禅宗は、お釈迦さまより二十八代菩提達磨大師をはじめとして、歴代の祖師がたによって相続されてきた正伝の仏法です。
日本開宗 禅宗は、今から八百年ほど前、鎌倉時代に高祖道元禅師さまが曹洞宗を、又 明庵栄西禅師さまが臨済宗を我が国に伝えて、ゆるぎなき基礎をきずかれました。
大本山 福井県の永平寺、横浜市の総持寺
本尊 お釈迦さまをご本尊として仰ぎます。 青龍寺本尊 十一面聖観世音菩薩
本尊唱名 南無釈迦牟尼仏
教義 わたしたちはみな仏の子であり、生まれながらに仏心を具えています。しかし それに気づかずに我がまま勝手の生活をして苦しみ、悩みのもとをつくってい ます。ひとたび仏さまに懺悔し帰依するならば、心が落ち着いておのずから生 活が調えられて明るくなり、社会のお役に立つことを喜び、又どんな苦難にも 耐えて生き抜こうとする信念が生まれます。そこに生きがいと幸福とを発見す るのが教えであります。